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2017-08-29 19:54:00
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『西域物語』井上靖(新潮文庫)

じつは井上靖は、三島由紀夫よりもノーベル文学賞候補にずっと近い作家であったことが最近話題となった。(安部公房もその候補者の一人)
彼が描く歴史小説は、司馬遼太郎氏のそれとはかなり異質なもので、なかなか作者の思潮が明確な形で表現されず、最初はなかなか取っ付きにくいと思われるがいかがだろうか?(実のところ、正直を申せば、我輩は彼の世界に没入するのに一苦労した。)
平成時代の小中学校の国語科教科書を覗くと、彼の作品である『しろばんば』や『あすなろ物語』などは、遠い昔話になってしまったようだ。(教科書編集者は、なぜこうも現代流行作家に色目を使うのだろうか?)
この西域物語を今回推薦する最大の理由は、現在戦争ならびにテロ活動で入国不可能となっているアフガニスタン紀行が後半に掲載されていること、また作家自身が被写体となった写真が散りばめられ、地理的、歴史的視点を背景に臨場感ある紀行文体となっていることが挙げられる。この夏休みに、残念ながら旅行出来なかった生徒諸君!『西域物語』を読んで、暫し作者とゴビ砂漠からカスピ海へ大旅行をお楽しみあれ!


2017-08-28 20:20:00
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『ローマ人の物語』塩野七海(新潮文庫)

 

「作家塩野七海は、歴史学の基礎的技法を下地とした解釈ではなく、作家の想像力をフルに織り交ぜた技法を用いて歴史描写をするので、どことなく違和感を持たざるを得ない」という評価が、我輩の周りでよく耳にした歴史学を専攻する人たちの彼女への評価だった記憶がある。
E・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』はもちろん名著であると同時に、世界史を学習する人の必読書であることに今も変わりはないが、例えば、この歴史的名著がカトリック色の強い書物という理由だけから、その評価を下げるということはあるのだろうか。同様に、真性保守派(?)から見た司馬遼太郎氏の、いわゆる「司馬史観」への批判についてはどうなのだろか。
つまり、誰もが納得する価値中立的な歴史観をねだるのは不可能と割り切って、言わば楽しみながら、何か新たな視点のヒントを与えてくれるものと期待して、我輩は彼女の作品には向き合っているのだが、こうした態度はいかがなものだろうか。
歴史解釈をめぐる問題に関しては、すぐに結論が出ないので、今後も粘り強く取り組んでまいりたいと思いまする。

それにしても、ローマ帝国という息の長いテーマに真正面から取り組む塩野七海氏に心から敬意を評し、今回の推薦の書としたいのであります。


2017-08-28 16:46:00

心だに誠の道にかなひなば祈らずとても神や守らん

 

古歌


2017-08-25 16:51:00
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『たのしむ数学10話』足立恒雄(岩波ジュニア新書)

 

数ある数学史分野の中で、意欲ある中学生(あるいは小学生?)からその保護者たる大人まで、誰が読んでも最後まで無理なく数学の面白さに引き込まれる内容になっており、推薦したい一冊である。
ところで、学校教育で使用されるテキストに関して一言。私が知る限り、アメリカとイスラエルの数学教育(中高生用)で使用される教科書テキストと日本のそれとを比べると、アメリカ-イスラエル版が格段にページが分厚く、中身も濃い状態になっていることに驚かされた経験がある。(我輩は、初級ヘブライ語しか分からないので、イスラエル版を全部読みこなした訳ではないが、)この背景には、どうやら両国が積極的に能力別の理数教育を行うことで、将来にわたる国の命運をかけていることと深い関係があるようだ。生徒が学習を進める中で、知らず知らずに、飽きずに没頭できる教科書があれば、確かに理想ではあるが、そうそうにお目にはかかれないだろうが、サブテキストとして数学史に触れた内容に触れて一層の理解を深めてもらいたいと思いまする。


2017-08-23 18:09:00
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『スペイン断章上下』堀田善衞(集英社文庫)

 

堀田善衞という作家を今まで誤解していた。その昔、吾輩が嫌いなノーベル文学賞受賞者であるO氏とかなり懇意だった関係から、てっきり左巻きの人物ではないかという印象を強く持ち続けていたのである。しかし、実のところ典型的な日本人作家に見られるような幼児的左翼病(?)に染まることなく、自らの眼球を使って歴史を捉えるという鋭い観察眼が、こと彼の文明批評に遺憾なく発揮されていると再評価したいと思う。そして、その力量を証明する作品がこの『スペイン断章』である。
作家自ら、ヨーロッパ文化とイスラム文化の接点を成したこのスペインに、10年もの歳月にわたって踏みとどまり、その地を歩いて、見て、聞いて、肌で感じて、そして書き留めてという、まさに五感をフル活動させながら、完成させたこの作品を今回推薦したい。


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